BAKABON



今日は久しぶりの蘭とのデートだ。

最近、事件続きですっぽかしてばっかだったからな……昨日もずっと目暮警部に身柄を拘束されてて、またか、と気が気じゃなかった。
でも、なんとか日付が変わった頃には帰って来れたし、さすがに連続で、睡眠不足を助長するような呼び出しはないだろう。デート前に一働きしといて良かったぜ。

待ち合わせまで、後2時間。そろそろ準備すっかな。
クローゼットを開けて、顎に手を置く。

今日、蘭はどんな服着てくるだろう……?

蘭はどんな服着ても似合うからな……少しフリルのついたピンクのワンピース、襟元が大きく開いた薄手のセーター、ボディラインがよく見える赤いドレス……。
どれもこれも、蘭の白い肌を際立たせて……オレの目を楽しませてくれるんだよな……。

くくっ、と喉元で笑った時、クローゼットの脇にある鏡の中の自分と目が合った。
鼻の下がすっかり伸びきって、だらしなく緩んだ口元にハッとなる。
慌てて表情を引き締め、コホン、と咳払いをひとつ。
そうだ!確かこの前、可愛い赤いワンピース買った、って言ってたよな。
あの話を聞いてから、その服を着てる蘭を見たことがない。
よし!今日は絶対赤だっ!だったらオレは……。

クローゼットから服を取り出し、急いで支度に取りかかった。



支度が済んだのは待ち合わせ1時間前だった。
ちょっと早いけど、出るか……。
今日の待ち合わせ場所は米花駅前。いい天気だし、散歩がてらに歩いて行けば、時間も潰れるだろう。
さっき磨いたばかりの靴を履き、しっかり戸締まりをして外に出る。
外は心地よい爽やかな風が吹いていて、清々しい気分になる。
足取りも軽く、オレは米花駅へと向かった。


ゆっくり歩いて、途中で買い物もしたというのに、駅に着いたのは待ち合わせの30分も前だった。
あ〜、やっぱり早く着いちまったか……まあいいや。

駅前広場のベンチに腰を下ろし、途中で買った小さな一輪のピンクのバラを、そっと内ポケットに忍ばせた。
蘭が来たら、これを胸元に飾ってやろう。
赤いワンピースの胸元に、このバラを飾ったら、蘭、喜ぶだろうなぁ……。
花が綻ぶように嬉しそうな笑みを零す蘭の顔を思い浮かべる。

ああ〜〜ぜってぇ可愛い……。

ふと周りを見渡すと、周辺にいた人間のほとんどが、オレから視線を逸らした瞬間だった。
??? なんだ?オレ、見られてた?この格好、どっか変か?
ベンチから立ち上がり、駅前の店の鏡張りのドアに姿を映してみる。
ん〜〜……別に変なところはねぇと思うんだけどな……。
何かが腑に落ちなかったが、とりあえず元いたベンチに戻って再び座った。
時計を見ると、いつの間にやら待ち合わせの時刻を少し過ぎたところだった。
あ!やべぇ!蘭のヤツ、オレのいない間に来てねーだろーな?
辺りをきょろきょろ見渡してみたが、それらしき姿はない。
ホッと胸を撫で下ろす。
蘭は時間に遅れることはまずないだろうから、もうすぐ来るだろう。


そう思ってから、15分が過ぎた。
蘭が連絡もなしに遅刻するなんて、珍しいな……。
まあ、支度に時間掛かってるんだろ。女の子にはよくあることだ。
それか、蘭の場合、おっちゃんにとっつかまって遅れることもよくある。
少しくらいの遅刻は、大目に見てやんねーとな。
懐からタバコを取り出し、火を付けた。


あれから、タバコに火を付けるのはもう10本目になっていた。
遅せーな……蘭……。
時計を見ると、すでに待ち合わせ時間から45分以上過ぎている。

蘭がこんなに遅れるなんて……何かあったんだろうか?
携帯電話を取り出し、蘭の携帯に電話する。
しかし、繋がらない。電源入れてねーのか?
事務所にも電話してみたが、何度かけても留守電だ。
まさか……何か事件に巻き込まれたんじゃねーだろーな……。
そう考えると、一瞬にして、冷や汗が背中を伝った。
少し考えて、目暮警部に電話してみる。

『はい。目暮だが』
「目暮警部!僕です、工藤です」
『おお、工藤君か!どうしたんだね?』
「今日は、何か事件は起きてませんか?」
『? いや。今日はまだ何もないが?』
「そうですか。だったらいいんです。失礼します」

携帯を切って、ふぅ、と息を吐く。
とりあえず、大丈夫みてーだな……。
だったら、もう少し待ってみよう。

ん〜〜そうだな……今日のコースの予定でも復習しとくか……。
蘭が見たがってた映画見に行って、その後買い物に付き合ってやって……あいつ、買い物長げーからなぁ……まぁ、いろいろ楽しそうに見て回ってんのがかわいいんだけどよ。買い物が終わるころには、ちょうど晩飯の時間になってるだろう……。
晩飯はどこで食おうかな……?そうだ、今日は天気がいいから、展望レストランから夜景がきれいに見えるだろう。最近行ってねーし、今日はここだな!
で、食事が済んだら……………………。

考えただけで、頬が緩む。
あの白いキレイな身体を力一杯抱き締めて、隅から隅まで可愛がってやろう……。
滑らかな首筋も……豊かな胸も……きゅっとくびれた腰のラインも……そして……。
あ!やべ!いろいろ考えてたら……!

慌てて深呼吸して、熱を逃がす。
と、その時、人混みの中に輝きを見つけた。
ああ!やっぱりだ!今日は赤いワンピース!
それを確認して立ち上がると、向こうもオレに気付いた。

「新一〜〜!!」

手を振りながら、駆けてくる。
その、オレだけに向けられる極上の微笑に、待たされたことなんかどーでもよくなっちまう。
すぐ目の前で立ち止まり、ニコニコして蘭は言った。

「こんなところで、何してんの?」

「え?何って、お前……」
ふと蘭の後ろを見ると、園子が嫌な目つきでニヤニヤしながら立っている。

「今ねぇ、園子と買い物して帰ってきたところなの!今日はいろいろかわいいものが買えてね〜〜」

嬉しそうに話す蘭に、オレは目をパチクリさせた。
園子と買い物だって?それって、昨日だったんじゃ……………………あ!

「新一にもおみやげあるから!後で行ってもいい?」
「え?あ、ああ…………いいよ…………」
「じゃあいっぺん家に帰るね。また後でね!園子、行こ!」
上機嫌で去っていく蘭の後ろに続いた園子が、オレに小声で笑いながら言った。

「蘭、気付いてないみたいだから黙っててあげるわ。デートの日間違えて、3時間も待ってたなんてね」

「てめっ……」
その態度に、何か言い返してやりたかったが、何も言えなかった……。
「じゃあね〜新一君♪」
去って行く2人の後ろ姿を、オレは言葉なく見送った。
いつの間にか、内ポケットから外の様子を覗くようにはみ出していたピンクのバラの花びらが、はらはらと足元に散り落ちていった。






FIN





2001.9.18
2002.1.9 修正