One day, afternoon

 
 
工藤式の言い方で言う『厄介な事件』。それが全て解決し、工藤自身の問題もようやく解決してから3ヶ月ほど経っとった。
この間、事情聴取やら何やら、工藤はなんやかんやと忙しそうやったんで、たまに電話で話すくらいしかせんかった。
そろそろ、また遊びに行ったろか、と思っとった矢先、和葉に
「平次、東京に行く用事ないん?」
と唐突に言われた。
丁度、工藤の住んどる米花市で、何や大きい祭りがあるから良かったら来ないか、と和葉が姉ちゃんに誘われとったらしい。 っちゅーワケで、久しぶりに東京に行ってみることにした。
 
土曜の昼。オレと和葉は学校から速攻で帰って着替えると、用意しておいた荷物を持って、すぐ東京へ飛んだ。
その後の電車の乗り継ぎも順調に行って、予定より早く米花駅に着いた。
「なんや、えらい早よ着いてしもたなぁ。どうする、平次?どっかで時間つぶす?」
「なんで?早よ着いたら、早よ行ったらええやん。早よ姉ちゃんに会いたいんやろ?」
「それはそうやけど……でも……」
和葉が何や言いにくそうに口ごもった。
「? 言いたいことあるんやったら、ハッキリ言えや」
「その……蘭ちゃん、工藤君と付き合うてんねんやろ?」
「そうや。それがどないしたんや?」
この辺の話は、工藤本人からはほとんど聞かされてへんかったが、和葉が姉ちゃんから聞いとって、それをオレに喋るから、筒抜けやった。それをネタに、よう工藤をからかって、いろんな話を聞きだしたが………確か『正式に』付き合いだして2ヶ月ぐらいになるんとちゃうかったか?
「あんまり早よ行ったら、邪魔になれへんかなぁ……?」
「な〜んや、そんなこと心配しとったんか?大丈夫やって。大体、今日工藤んとこ行くことは、言うてあるんやし」
「そうかなぁ……」
「あ〜、も〜、うだうだ言うててもしゃあないやろ?行こ、行こ!」
妙に何かを気にしとる和葉を置いて、オレは歩き出した。
「あっ、平次、待ってや〜!」
こうしてオレらは工藤ん家に向かった。
 
「うわ〜……でっかい家やねぇ……」
和葉が見上げて呟いた。
オレは前に来たことあったが、和葉は初めてやった。
「せやろ?オレも初めて来たときはビックリしたわ。こんなとこで工藤、よう独り暮らししてんなぁ、思たわ……」
言いながらインターホンを何回か押したが、返事がない。
「まだ帰ってへんのとちゃうの?やっぱ、駅前で時間潰して来た方が良かったんちゃうん……って、平次!」
「なんや?」
和葉が大声でオレの名前を呼んだので、門を開けかけた手を止めて振り返った。
「アンタ……他人の家勝手に入る気?」
「? 何言うてんねん。まだ家ん中入ってへんやん」
「そーゆー意味じゃのうて……」
なぜか頭を抱えて呟いた和葉を尻目に、オレは玄関の扉までさっさと歩いて行き、ドアノブに手を掛けた。
カチャリ……と軽い音と共に、玄関の扉はアッサリ開いた。
「なんや。鍵掛かってへんやん。不用心やなぁ」
一歩中に入って、チラリと足元を見下ろす。
「も〜、平次は……」
ブツブツ言いながら和葉も入って来よった。
「なあ、和葉。お前、1階捜して来い」
「はぁ?何を?」
「何って、工藤と姉ちゃんに決まっとるやん」
「はぁ〜?留守とちゃうん。それに、何で蘭ちゃんまで……」
和葉はモロ訳わからん、という顔をして、目をパチクリさせよった。
「アホ!足元よう見てみいや。靴が2足あるやないか。工藤のんと、もう1つは姉ちゃんのやろ?」
わかりやすく説明したったのに、和葉はなぜか不機嫌そうに丸い顔をさらに丸く膨らました。
「……そんで?平次はどうするん?」
「オレか?オレは2階を見てくる」
「ちょ、ちょっと待ってや!何考えてんねん、平次!そんなことせんでも、ここで待っといたらええやんか。アタシは、初めて来た他人の家勝手に上がり込んで捜し回るどろぼうみたいなマネようせーへんで!」
「なにをそんなに怒っとんのや?別にええやん。知らんモンの家ちゃうんやし。そんなにイヤやったら、ここで待っとけや」
言い残して、オレは家の奥へと向かった。
後ろの方で、和葉がなんやぎゃーぎゃー言うとったが、気にも止まらんかった。
 
「お〜い、工藤!おるんやろ?返事せえや!来たったでー!」
大声で呼ばって歩いたが、工藤の返事も姉ちゃんの返事もあれへん。
「……おっかしーなぁ、靴あったからおるはずやのになぁ」
1階は一通り見て回ったので、2階に上がった。
「しっかし、広い家やなぁ。もしかして、広すぎて聞こえてへんのか?」
独り言を零しながら見て回ってると、少しだけ開いたドアが目に付いた。
何気のう覗いてみたら、そこには探し求めとった工藤の姿があった。
声掛けよう思たが、工藤は向こう向いて何か喋っとる。
何を言うてんのかまではよう聞こえんかったが、それに応える声も聞こえた。女性の声……姉ちゃんもここにおったんか。
別に閉め切ってる訳でもないのに、なんでオレの呼ぶ声が聞こえへんかったんやろ?
「……そんな言い方すんなよ……。好きなんだから、しょうがねえだろ?……」
不意に耳に入った工藤の声に、ドキッとした。
その……内容もやけど、工藤の声がいつもと違って妙に色っぽく響いた……ように聞こえたさかい……。
なんや、えらいラブラブな現場に来てしもたんか?もしかして……。
「わかってるくせに……」
言いながら工藤は着ていたシャツを脱ぎ捨てて、上半身裸になりよった。
ちょ、ちょ、ちょ、ちょー待てやーーーーーー!!
そんな話ししながら、付き合うてる女の前で服脱ぐってことは……やっぱ……そーゆー事なんか!?
オレは慌てて、しかし、物音を立てんよう慎重に、その場を離れた。
そうや……付き合うて2ヶ月も経ってんのや。そーゆー関係になってたっておかしかない。
それに、そもそも約束の時間まで1時間以上もあるんやし……。
和葉が言うとった「邪魔になる」って、こういうことやったんか?
せやけど……それにしても……見たらアカンもん見てしもたような気が……。
妙な罪悪感を感じながら、急いて和葉のおる玄関に戻った。
 
玄関でヒマそうに待っとった和葉が、オレを見るなり話しかけてきよった。
「遅いやんか!そんで、どうやったん?」
「和葉!早よここ出るで!!」
和葉が目をパチクリさせよった。……そんな顔してるヒマ、ないっちゅーねん!!
「はぁ〜〜〜?アンタ、また何を訳わからんことを……。工藤君と蘭ちゃんは?」
「説明は後や!とにかく、ここ早よ出んと……」
「あ、蘭ちゃん!」
「へ?」
「服部君と和葉ちゃん、もう着いたんだ〜!早かったね!久しぶり〜」
振り返ると、制服姿の姉ちゃんがニコニコして立っとった。
さっきの部屋から来たにしては早すぎる……。走ったんかもしれへんけど、それにしては足音聞こえんかったし……。まあ、オレも焦っとったから聞こえてなかったんかもしれへんけど、なにより……。
オレは、姉ちゃんの服装をじろじろ見つめた。
ピシッとしてて……特に乱れた様子あれへん……?
「なあに?わたしになんか付いてる?」
「い、いや、別に……!なんで制服なんかなぁ、思て……」
ホンマのことは言われへんので、慌てて誤魔化した。
「ああ。さっき新一と学校から一緒に帰ってきて、ちょっと寄っただけだから……」
「『さっき』って……今帰ってきたとこなん?」
今度は和葉が聞いた。
「うん。ちょっとやることあって、新一もわたしも残ってたから。今から家に帰って、着替えて来ようと思ってたとこなの」
『今から』?『帰って』?ほな、さっきのは……?
姉ちゃんが嘘言うてるとも思われへんけど……。いやいや、このねーちゃんは工藤が小っこなってんの気付いとっても、ポーカーフェイス通しとったようなお人やしな……。
「なあ、平次。『ここ早よ出な』アカンのとちゃうの?なんや知らんけど……」
「あれ?そうなの?他に用事でもあるの?」
げ!和葉のヤツ、いらんことを……!!
姉ちゃんも不思議そうな顔して聞いてくるし……。
「あ、いや……ちょっと、な、急用思い出したんやけど、やっぱり……ええわ」
「なんやソレ……変なの」
「本当に大丈夫なの?」
ジロッと睨んでくる和葉はええとして、姉ちゃんが本気で心配しとるのがいちばん難儀やな。
「ああ、かめへん、かめへん、大丈夫や」
「そう?」
姉ちゃんはまだ気にしとる様子やったが、これ以上ヘタに言い訳もできへんし、オレは笑ってみせるしかできんかった。
「蘭ちゃんは、何してたん?アタシら、ここ来たときなんべんもインターホン鳴らしたんやけど、返事なくて、平次が勝手に上がり込んでしもてんけど。聞こえへんかった?」
「あ、アホっ……!!」
思わず漏らしてしもた声に、和葉がまた睨んできよった。
「……なんでよ?」
なんでって、それは聞いたらアカンことなんや!!!なに大ボケかましてんねん、コイツは……!
「……ごめん、聞こえてたんだけど……」
そこで姉ちゃんは口ごもって、少し顔を赤うした。
ほれ、見てみい!言いにくい……ちゅーか、言われへんに決まっとるやん、あんな事……。
「ちょっと……お手洗いに行ってて、出られなかったの……」
へ?
ホンマに『お手洗い』に行ってただけなんか?
「え……?でも、アタシらここ来たん大分前やけど……」
うわっ!またいらんツッコミ入れよって!アホか!!
「うん……だから……それはね……」
姉ちゃんは少し俯きがちに、オレと和葉の顔をしばらく見比べると、和葉に耳打ちした。
話を聞いとった和葉は、しばらくすると、ああ、と納得した表情をした。
「……なんや?」
「ホンマ、平次はデリカシーあれへんなぁ……。蘭ちゃんがわざわざアタシにだけ言うてんねんから、どういうことかちょっとは気ィつかへん?」
「……全然」
さっきから頭にあることは、さすがに言われへん……。
「もう……詳しくは言われへんで?蘭ちゃんはな、『女の子の事情』で時間掛かっとったんやって」
『女の子の事情』?それって……………あ!
……月1回のヤツか………。
「ホンマ、鈍いなぁ……。蘭ちゃん、このアホ、やっとわかったみたいやで」
「……ほんで、出て来られへんかったんか?」
すると姉ちゃんは黙ってコクンと頷いた。
「ごめんね。待たせちゃったみたいだし……。でも、新一が出てくれると思ってたんだけど……?」
「オレも出られなかったんだよ」
不意に背後から工藤の声がして、オレは飛び上がらんばかりにビビってしもた。
振り返ると、ジーンズにTシャツ、それにパーカー羽織ったラフなスタイルの工藤が立っとった。
「あ、工藤君、久しぶりやね。勝手に上がってしもて、ゴメンな。平次が勝手に入ってしもて……」
「いや、別にかまわないから……」
工藤は和葉に笑いながら言うたが、その直後にオレを睨むことは忘れへんかった……。
「出られなかった、って?」
「電話が掛かってきてさ」
へ?電話???アレって、電話やったんか?電話にしては、相手の声よう聞こえとったけど……。
「な〜んや、そうやったん。アタシら、えらいタイミング悪いときに来てしもたんやね。な、平次?」
「あ、ああ……せやな」
オレが思いっ切り勘違いしとったらしいことはわかったが、それにしても、工藤が電話で言うてた内容……結構、スゴイこと言うとったと思うんやけど……。
「……なあ、工藤君。アタシもお手洗い貸してもろてもええ?」
「ああ、いいよ。蘭、案内してあげて」
「うん。和葉ちゃん、こっち」
和葉と姉ちゃんが行ってしもて、玄関にはオレと工藤だけが残った。
2人が角の向こうへ消えるのを見届けると、工藤が口を開いた。
「おい、服部。お前、なんか変なこと考えてただろ?」
いきなり突っ込まれて、オレはドキーッとした。相変わらずやな……コイツは。
「な、なにを言うてんのや。オレはな〜んも考えてへんで?」
「ホントにそうか?さっきから見てたけど、妙に様子がおかしかったぞ?」
「『見てた』って……いつから?」
「お前がここを出るとか言った、って遠山さんが言ってたあたりかな……」
「……そんな頃から見とったんかいな。ストーカーか、お前は……」
「他人のこと言えんのか?人の着替え覗いといて……」
げ!気付かれとったんかいな!
「気付いてるんやったら、一声掛けてくれたらええのに……」
「だから、電話してたって言ってるだろ?」
そんでも、手で合図するとか、やりようがあるやろ……いけずなやっちゃな……。
「お前の方こそ、声掛けりゃ良かったじゃねーか。黙って立ち去りやがって……」
……ホンマ、こいつは痛いとこ突きよる……。
「ほな、バレバレついでに聞くけどな?電話の割に相手の声がよう聞こえとったけど?」
「オンフックにしてただけじゃねーか。電話しながら着替えてたから」
「ほな、内容は?『好きだからしょうがない』みたいなこと言うとったけど……」
工藤はジロッとオレを睨んだ。
「服部……盗み聞きすんなよな……」
「たまたま聞こえただけや。盗み聞きとちゃうで」
そうや。これはホンマのことや。……別に、聞こ思て聞いてたんとちゃう。
「あれはな。オレがずっと欲しかった、好きな作家の洋書が手に入ったから送るって言われて喜んでたら、それをからかうような言い方しやがったから……だから、そういう風に言ったんだよ!母さんに」
「電話の相手、工藤のオカンやったんか!」
「だったらなんだよ」
「いや……そん時の声が、妙に色っぽかったから……」
そう言うたら、工藤が思いっ切り不審な顔をした。
「……それは、服部の気のせいだろ?勘違いして変なこと考えてるから、そう聞こえたんじゃねーのか?」
そうか?そうやったんか?あの声……。ん?
オレはふと思いついて、反撃に出た。
「なあ、工藤。さっきからオレのこと『変なこと考えてる』て言うてるけど、どんなこと考えてる思てたんや?」
オレはどんなこと考えてたかなんて、一言も言うてへん。
それやのにさっきから、工藤が勝手に言うてきよる。
オレも、やられっぱなしでおるワケにいかへん。
「どーせお前のことだから、オレと蘭が『しゃべってる』と思ったんだろ?声掛けずに立ち去ったのは、もしかして気ぃつかってくれたのか?お前にしては珍しいな」
工藤は涼しい顔でさらりと言ってのけると、最後にニヤリと笑った。
コイツ……『しゃべってる』を強調して、わざと的外した言い方しよったな?
でも、間違いではあれへん……。
ここで『それが変なことなんか?』と突っ込むとこやけど、この様子やとまたドツボに嵌められそうやな。
多分『じゃあ、お前はどう思ってたんだよ』とか言うてきよるやろ……。
まったく……元に戻って弱みがなくなった思たら、強気に出てくるようになりよってからに。
「まあ、いいけど?その代わり、何か奢ってもらうぜ?」
「な、なに言うてんねん!なんの『代わり』や。それに、なんで『客』のオレが奢らなアカンねん!」
「オレの着替え覗いたのと、盗み聞きの代わり」
「盗み聞きとちゃう、言うてるやろ?」
それに『着替え覗いた』って、女々しいやっちゃな……男同士やっちゅーのに……。
「イヤならいいんだぜ?なら、後でこっそり遠山さんに……」
「だーーーーっ!わかったから、和葉には言うな!」
和葉に知られたら、5年は毎日言われるやろからな……。
「アタシに何を言うなって?」
「わっ!和葉!……別に、な〜んも言うてへんで?」
「ホンマ〜?工藤君にアタシの悪口でも言うとったんとちゃうの?」
「そんなつまらん話はしとらんわ」
「じゃあ、ナニ?」
「それは……男同士の話やからな。言われへんわ」
「……やっぱり、アタシに言われへんような話なんやん。白状し!」
「だから、和葉の悪口ちゃう言うてんねんから、言わんでええやろが!」
オレらのやりとりを見て、工藤がいやらしく笑ろとった。……ホンマ、腹立つやっちゃな……。
「ほ〜んと、服部君と和葉ちゃんって、仲良いね!」
「……どこが?」
姉ちゃんまでくすくす笑ろてるし……。和葉はいつも通りやけど。
 
この一件のおかげで、この後出かけた先で散々奢らされる羽目になってしもた。
さらに、ことあるごとに、工藤が意味ありげな発言をするさかい、和葉や姉ちゃんを誤魔化すんで必死やったし。
まったく……散々やったわ……。